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大阪地方裁判所 昭和40年(行ウ)91号 判決

原告 前田秀一

被告 西淀川税務署長 外一名

訴訟代理人 麻植福雄 外五名

主文

原告の昭和三六年分所得税について被告税務署長が昭和三九年八月一日付でした総所得金額を金一一九万二、八六九円とする更正処分のうち金八六万九、九四九円を超える部分を取消す。原告の被告税務署長に対するその余の請求及び被告国税局長に対する請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告と被告税務署長との間にあつてはこれを二分しその一を同被告の、その余を原告の負担し、原告と被告国税局長との間にあつては全部原告の負担とする。

事実

(当事者双方の求める裁判)

原告代理人は、「被告税務署長が原告の昭和三六年分所得税について昭和三九年八月一日付でした総所得金額を金一一九万二、八六九円とする更正処分のうち金四三万二、八六九円を超える部分はこれを取消す。被告国税局長が昭和四〇年五月二五日付でした原告の審査請求を棄却した裁決はこれを取消す。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決を求め、被告ら代理人は「原告の請求はいずれも棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

(請求原因)

原告代理人は請求原因として次の述べた。

一  原告は肩書地において製罐飯金熔接業を営んでいるものであるが、昭和三六年分所得税について昭和三七年三月一五日被告税務署長に対し同年度分の総所得金額を金四三万二、八六九円(内訳給与所得九万二、八六九円、事業所得三四万円)として確定申告したところ同被告から昭和三九年八月一日付で総所得金額を金一一九万二、八六九円(内訳給与所得九万二、八六九円、事業所得一一〇万円)とする更正処分を受けた。

二  原告はこれを不服として昭和三九年八月三一日被告税務署長に対し異議の申立をしたが同年一二月二六日付で棄却されたので、更に昭和四〇年一月二二日被告国税局長に対し審査請求をしたところ同年五月二五日付で棄却の裁決を受けた。

三  本件更正処分及び裁決には次の違法がある。

(一)  本件更正処分の違法事由

原告の昭和三六年度分の所得は確定申告どおり四三万二、八六九円であるのに被告税務署長はこれを一一九万二、八六九円と過大に認定して本件更正処分をした。従つて本件更正処分中確定申告額を超える部分は違法である。

(二)  本件裁決の違法事由

被告国税局長のした本件審査手続には次の違法があり、従つてこのような違法な審査手続に基づいてなされた本件裁決もまた違法である。

1 弁明書副本送付拒否

原告は昭和四〇年二月一六日審査庁である被告国税局長に対し処分庁である被告税務署長の弁明書副本の送付方を請求した(行政不服審査法(以下単に審査法という。)第二二条)ところ、被告国税局長は同月二五日原告に対し、処分庁に弁明書の提出要求をしていないことを理由に右請求に応じられない旨回答してきた。しかし審査庁としては審査請求人から請求があれば審査請求が期間徒過による適法な場合であるとか審査請求を全部認容する場合など特別な事由がある場合以外は、審査請求人に対し処分理由を知らせてこれに適切な攻撃防禦方法を尽くさせ、ひいて公正な審理をするため、処分庁に対し弁明書の提出を求めたうえその副本を請求人に送付すべきである。このことは現行の国税通則法第九三条が処分庁に対し答弁書の提出を義務づけ、審査請求人に送付しなければならないとしていることからも裏付けられる。従つて被告国税局長がこれをしなかつたことは審査法第二二条に違反し、しかしてこれは裁決の結果に影響することが明らかである

2 証拠書類の閲覧拒否

原告は同年二月五日審査法第三三条に基づき被告国税局長に対し本件更正処分の理由となつた事実を証する書類の閲覧を請求したところ、同被告が原告に閲覧を許可したのは確定申告書、更正決定決議書、異議申立書、異議申立決定書の四通だけであつた。ところで審査法第三三条第二項の定める閲覧請求の制度は審査請求人に対し処分理由を知らせるとともにこれを根拠づける証拠資料を検討する機会を与える制度であるから閲覧の対象となる書類は何らかの意味で処分理由を伺わせるものでなければならないが、同被告がその閲覧を許可した右各書類はその表題から明らかなようにいずれも本件更正処分の理由を証するものではなく、同法条第二項に規定する「書類」に該当しないことは明白である。しかして原告の閲覧請求当時審査庁には本件更正処分の理由を証する書類として、審査庁の協議官が処分庁に出向き、原告の所得調査書を閲覧したうえ必要事項を書き写したメモ(以下調査メモという。)があつたからこれが閲覧を拒否した被告国税局長の処置は違法である。

以上のとおり本件更正処分及び裁決は違法であるからその取消を求めるため本訴に及ぶ。

(請求原因に対する被告らの答弁及び主張)

被告ら代理人は請求原因に対し一、二項の事実は認める、三項の(一)の事実は争う、同(二)の1、2の各事実はいずれも法律上の意見を除き認めると答弁したうえ、次のとおり主張した。

一  原告の本係争年分の所得金額について

(一)  被告税務署長は原告の昭和三六年分の所得につき調査したところ、確定申告額と異なつたので本件更正処分をしたのであるが、その後更に検討したところ原告は同年度においてその主張の給与所得のほか、次のとおり金二一三万三、六七四円の事業所得を得ているから、これが金額の範囲内である一一九万二、八六九円の所得があるとしてなされた本件更正処分には違法はない。

項目       金額

収入金額   四七八万五、三三五円

一般経費   一四三万五、六〇一円

雇人費    一二一万六、〇六〇円

事業所得金額 二一三万三、六七四円

(二)  原告においてその額を争つている一般経費の算出経過

もともと所得金額の算定は実額によるのが望ましいところであるが、それは青色申告者のように帳簿書類が完備しており、かつ納税者の協力を得てはじめて行い得るところである。これにひきかえ原告は本係争年分について、事業所得金額の計算の基礎資料となるべき帳簿書類、即ち〈イ〉収入に関する帳簿〈ロ〉必要経費に関する帳簿並びに〈イ〉〈ロ〉以外で事業所得の計算上参考となる帳簿等を一切備えつけず(かりに備えつけていたとしてもこれを同被告に提示せず)、また同被告の調査の際作業日報、得意先に対する請求書の控え、外部に対する支払を証する書類(領収書等)等の原始記録を同被告に提示しなかつたため同被告は実額を把握することができなかつた。そこでやむを得ず同業者の一般経費率(収入金額に対する、必要経費の割合)三〇%(原告の同業者の事業実績によれば経費率は左記〈2〉のとおり二六・五八%であるが原告に有利に適用した。)を左記〈1〉の算式のとおり収入金額に乗じて一般経費を一四三万五、六〇一円と推計したものである。

〈1〉 4,785,335円〔収入金額〕×0.3〔同業者の一般経費率〕=1,435,601円〔一般経費〕

〈2〉 表〈省略〉

二  本件裁決が違法であるとの原告の主張について

(一)  弁明書副本送付拒否について

審査法上弁明書の提出については審査法第二二条第一項において「審査庁は………相当の期間を定めて弁明書の提出を求めることができる」と定めているが右規定の形式、審査法の趣旨を綜合すれば、審査庁が処分庁に対して弁明書の提出を求めるか否かは審査庁の自由裁量に属する事項であると解されるから審査庁が弁明書の提出を求めることなくして裁決をしたことをとらえて違法をいうのは失当である。

(二)  証拠書類の閲覧拒否について

先ず原告は処分の理由となつた事実を証する書類の閲覧は無に等しく、違法な閲覧拒否と同視すべきであるから審査法第三三条第二項に反すると主張するが、被告国税局長は原告からその主張のとおり書類の閲覧請求がなされたので日時及び場所を指定してこれを許可したのであるが、原告は右指定日に閲覧を行わなかつたものである。このように書類の閲覧を許可したにもかかわらず敢えてこれを閲覧せず閲覧を許可された書類の記載内容を了知することなくして裁決があつた後本訴において閲覧拒否と同視される旨の主張をするのは著しく事実をまげるものというほかはなく失当である。

次に原告が閲覧を拒否されたと主張する書類は所得調査書のことかと推測されるが、これは次に述べるとおり原告からの閲覧請求当時処分庁である被告税務署長から審査庁である被告国税局長に提出されていなかつたものであり、原告の閲覧請求に対し同被告が閲覧させたのは処分庁から送付された書類のすべてにわたつているからこの点の原告の主張は失当である。

いうまでもなく閲覧請求は審査法第三三条第二項に基づくものであるが、この規定からも明らかなように審査請求人が閲覧を求めうるのは「処分庁から審査庁に提出された」書類その他の物件に限定されるのであり、しかも処分庁が審査庁に対しいかなる書類を提出するかは同条第一項の規定のとおり処分庁の裁量に委ねられているのである。ところで所得税法に基づく課税は事案が大量かつ回帰的に発生し継続的に要件事実を認定する必要上処分庁は所得調査書を常に手許に留めておかなければ円滑な税務事務の進行がはかれないため、審査手続においても処分庁は所得調査書を審査庁に提出せず、審査庁の審理担当協議官が処分庁に出向き直接閲覧する方法をとつている。このように所得調査書は審査手続において審査庁に提出されない以上閲覧請求の対象とはならないものである。

また担当協議官が所得調査書を直接閲覧したときには調査メモを作成するが、これは審査庁が自ら調査蒐集した資料そのものであることは明らかでありこれを処分庁から提出された書類と同視することはできない。ところで審査庁は裁決に必要な限り自ら調査し、あるいは資料の蒐集をするのでなければ到底妥当な裁決はなしえない(事実の認定が争点の大部分である国税に関する審査請求事案については審査庁による資料の蒐集は特に必要)から、通常審査庁は自ら必要な資料の蒐集に当たるのであるが、審査法は審査庁が自ら調査蒐集した資料を審査請求人に閲覧させることについては全く規定していないし、またこのような性質の資料を処分庁から提出された資料と同視すべき何らの根拠もない。このような見解が許容されるためには処分庁に対し「当該処分の理由となつた事実を証する書類その他の物件」の提出が義務づけられており、かつ審査庁の審理がこの資料のみを前提ないしは基礎として進められる場合でしかも、何らかの事情で処分庁が提出しなかつた場合等に、審査庁が処分庁に出向いて所得調査書を閲覧しその要点をメモしたうえ、これを審査の資料に供しようとするような場合でなければならない。審査法がこのような構造をとるものでないことは文理上極めて明白である。

(三)  本件裁決の取消を求める利益について

かりに被告の以上の主張が容れられず、本件裁決が違法だとしても、原処分に違法が存しない以上裁決を取消すことはできないものと解される。蓋しかりに裁決を取消しても原処分を取消す余地はないのであるから、原処分を維持した裁決をあらためてするだけのことであり、原告としては裁決を取消すべき法律上の実益は全くないことになるからである。しかして原処分である本件更正処分に違法が存しないことは前記のとおり明らかであるから原告の本件裁決の取消を求める訴えは失当である。

(被告らの主張に対する原告の答弁及び主張)

原告代理人は原告の本係争年分の所得金額についての被告らの主張に対しその答弁等として次のとおり述べた。

原告が本係争年度において被告ら主張の給与所得を得たこと及び事業所得の計算につき被告らの主張する収入金額及び雇人費の各金額はいずれも認めるが、その余の事実は争う。また被告らは原告が収入、経費等に関する帳簿書類を備えつけていなかつたと主張するがこれは事実に反する。原告は本係争年度において売上帳、経費明細帳、源泉徴収簿を備えつけ記帳している。また被告らは原告が右帳簿及び原始記録を被告税務署長の部下職員である調査担当者に提示しなかつたと主張するところ、原告はこれらを必要なとき以外は西淀商工会に預けているので右調査担当者が原告方を訪れ(何の連絡もなく突然訪れた。)右帳簿の提示を求めた際「商工会へ行つてくれ」と答えたところ、右担当者が商工会に赴きその提示を求めなかつたに過ぎず、原告が帳簿等の不提出の責めを負うわけはない。従つて原告の本係争年分の所得については実額による算定が十分可能であつたから推計により算定された所得額を基礎にしてなされた本件更正処分は不当である。また被告ら主張の一般経費率自体の合理性も争う。

しかして被告ら主張の収入金額に対応する本係争年分の必要経費額は左記(一)のとおり金四〇〇万八、二五五円であり、そのうちその額につき争いのある外注工賃及び接待費中外注工賃の明細は左記(二)のとおりである。

(一)  必要経費の明細

項目      金額

製造原価

仕入材料費 二九万二、九三一円

雇人費  一二一万六、〇六〇円

外注工費 一一一万四、八八二円

動力費    七万九、七九四円

修繕費      五、八四〇円

工場消耗費 六〇万七、九〇四円

一般経費

公租公課     三、四六〇円

水道光熱費  一万二、〇〇〇円

運搬費      七、九〇〇円

交通費    二万三、七二八円

通信費    一万五、二八七円

修繕費    一万〇、〇二〇円

消耗品費   一万三、八七八円

法定福利費  四万〇、六七八円

厚生費    六万六、三一三円

接待費   二五万七、八七二円

雑費     三万一、三七一円

特別経費   二〇万八、三三七円

合計    四〇〇万八、二五五円

(二)  外注工賃の明細

外注先 金額

(有)新明金属工業所 一九万九、八六〇円

(有)ラッキー製作所 七五万九、五六二円

矢野愛二郎        二、五六〇円

中島哲二      一一万八、二〇〇円

高木工作所      一万二、〇〇〇円

大奉鉄工所      二万二、七〇〇円

(原告の主張についての被告らの答弁及び反論)

被告ら代理人は原告主張の必要経費算定の基礎となる各科目のうち製造原価中の外注工賃の金額(尤も外注工賃の明細中(有)ラツキー製作所分は争うがその余はいずれも認める。(有)ラツキー製作所分の正当額は六万二、四一二円である。)及び一般経費中の接待費の金額はいずれも争うが、その余の各科目の金額はいずれも認めると答弁したうえ、推計の妥当性について次のとおり述べた。

原告は帳簿の提示について商工会に行つてほしいと云つたにもかかわらず、調査担当職員は行かなかつたもので、帳簿に基づいて調査せず同業者の経費率により推計したのは違法であると主張するが、被告税務署長の調査担当職員は次の理由により商工会に行つても無意味と判断し敢えて行かなかつたものであり、担当職員としては原告が商工会より帳簿を持ち帰り原告より直接提示を受け、帳簿に基づいて原告自身の説明が受けられることを期待したものである。

(一)  帳簿は原告が日々の取引を記録したものであるから原告自身の説明をききながらその帳簿を調査するのでなければ到底満足な効果をあげることができないこと

(二)  原告から調査担当者に対し商工会まで同道するとの積極的な申出もなされず、また当時の商工会の税務調査に対する態度から商工会がスムースに調査の便宜をはかることは期待し難く、却つて理由を設けて調査の引き延ばしをはかるおそれが十分にあつたこと

(三)  たとえ商工会に行き帳簿の提示を受けることができたとしても、商工会事務員は原告の代理人ではないうえ税理士としての資格も有していないものであるから同事務員による説明を聞くことは不適当と考えられたこと

それ故調査担当職員は原告に対し期日を指定して帳簿書類を原告宅に備えつけ提示するよう要求するとともに、その後も調査のため数回に亘り原告本人又は同人の妻と面接して帳簿の提示を求めたのに遂に提示を受けられず、また提示できない理由の説明も受けられなかつたものである。そこで被告税務署長はやむを得ず次善の方法として同業者の経費率により原告の事業の経費を推計したものであり、そこには何らの違法もない。

〈証拠省略〉

理由

一  本件更正処分の取消を求める請求について

(一)  請求原因一、二の事実は当事者間に争いがない

(二)  そこで本件更正処分に原告の所得を過大に認定した違法があるかどうかを判断する。

原告が本係争年中に九万二、八六九円の給与所得を得ていることは原告において自認するところであるから本件の争点である事業所得について検討する。収入金額は当事者間に争いがないので必要経費についてみるが、被告税務署長の所得調査にあたり原告が担当職員に関係諸帳簿を提示せず、従つて同被告が本件更正処分をするにあたつて必要経費の実額による把握ができず、その結果これを推計により把握せざるを得なかつたか否かを問わず、本訴においてはこれが実額計算をするに足る資料の提出のみられる以上これを実額により算定すべきことはいうまでもない。しかして原告主張の必要経費のうち外注工賃及び接待費の両費目を除く各費目の金額についてはいずれも当事者間に争いがなく、更にまた外注工賃については(有)ラツキー製作所関係分を除いてはいずれも当事者間に争いがないところ、〈証拠省略〉によれば、原告が(有)ラツキー製作所に支払うべき本係争年分の外注工賃は原告主張のとおり金七五万九、五六二円であつたことが認められ、これに反する〈証拠省略〉の記載は右の証拠に対比してにわかに信用できない。尤も〈証拠省略〉には、(有)ラツキー製作所の代表者であつた日比野勇は原告との取引中一度その依頼により原告に対する下請代金の請求書か、その代金を領収した際発行した領収証か、あるいはその双方に実際よりも水増しした金額を記載したことがある旨の供述があるが、かりにこれが事実だとしても、それが本係争年分の取引についてのものであつたことを認めるに足る証拠はない(なお乙第五号証にはこれが本係争年分の取引についてであつた旨の記載があるが、右記載は〈証拠省略〉に対比してにわかに信用し難い。)から、同供述は未だ右認定事実の証拠に供した前記甲第七号証(請求書)、第一〇号証の一乃至八(領収証)等の証拠力を減殺するに足りない。また〈証拠省略〉によれば、原告は本係争年中に前記事業につきその主張のとおりの接待費を支弁したことが認められ、他にこれに反する証拠はない。そうすると原告の本係争年分の事業所得金額は前記収入金額四七八万五、三三五円から右の必要経費の合計額金四〇〇万八、二五五円を差引いた金七七万七、〇八〇円であるというべきであるから、結局原告の本係争年分の所得金額を金一一九万二、八六九円とした本件更正処分は、右の事業所得金額に前記給与所得金額を加算した金八六万九、九四九円を超える限度で違法というべきで、原告の本訴請求はこの限度で理由がある。

二  本件裁決の取消を求める請求について

(一)  請求原因一、二の事実は当事者間に争いがない。

(二)  そこで本件裁決に原告主張の違法事由が存するか否かについて判断する。

1  本件裁決が審査法第二二条に違反する審査手続に基づいてなされたとの主張について

請求原因三(二)1の事実は法律上の意見を除き当事者間に争いがない。ところで原告は審査請求が不適法な場合及び審査請求を全部認容する場合を除き審査庁が審査請求の当否についての判断を適正に行なうためには処分庁に対し弁明書の提出を求めて弁明を聞くとともに、その副本を審査請求人に送付してその弁明内容を知らせこれに反論の機会を与えることを法律上一義的に義務づけられている旨主張するところ、なるほどそのようにして審査手続を進めれば、審査庁は処分庁が処分をしたことについての弁明を明確な形で知ることができるうえ、審査請求人に対し弁明内容ひいては処分の理由を知らせることはその権利救済の見地からみて有益であるにはちがいないが、しかしいかなる手続に従つて審査を行なうかは法律の定めるところによるのであり、そもそも現行の行政不服審査制度の下における審査手続は同じく国民の権利救済のための制度といつても司法裁判所のような第三者機関が当事者の参与した対審的構造の下に慎重に進める訴訟手続などとは異なり、処分庁の一上級行政庁にすぎない審査庁が主宰する簡易迅速な手続による権利救済を目的としているにすぎず、しかもその審理方法は徹底した対審的構造をとらず職権主義を基調としたものであること等を考えると、審査庁自らにおいて弁明書の提出を求めなくてもその他の資料によつて事案の争点が充分明確に把握でき裁決をするのに何らの支障がないと判断したような場合までも含めて常に審査庁において処分庁に対し弁明書の提出を求めその提出を得た後審査請求人にその副本を送付しこれに対する反論を待つたうえでないと審査手続が進められないものと解するのは妥当ではなく、審査庁が処分庁に弁明書の提出を求めるか否かはその裁量に委ねられているというべきである。そしてこのことは同法条の明文からも明らかである。また同法は審査請求人の審査庁に対する弁明書副本送付請求権についても何らふれるところがないから、審査請求人から弁明書副本の送付請求があれば審査庁としては常に必ず処分庁に対し弁明書の提出を求め、その提出を得てその副本を審査請求人に送付すべき義務があるものとも解されない。従つて本件審査手続において審査庁である被告国税局長が原告からの弁明書副本送付請求に対し、処分庁である被告西淀川税務署長に対し弁明書の提出を求めておらず、従つてその提出がないからこれに応じられないとした処置には違法はないから原告のこの点の主張は失当である。

2  本件裁決が審査法第三三条第二項に違反する審査手続に基づいてなされたとの主張について

原告は被告国税局長が本件審査手続において所謂調査メモの閲覧を拒否したと主張するが、その主張によれば右調査メモは、審査庁の協議官が処分庁に出向き本件更正処分の理由となつた事実を証する証拠書類である本件所得調査書を閲覧したうえその必要事項を書き写したものであるというのであるから、これによれば右調査メモは審査手続において処分庁である被告税務署長から審査庁である被告国税局長に提出のあつたものではなく、審査庁において自ら蒐集した証拠書類であることは明らかで、これが審査法第三三条第二項による閲覧の対象とならないことはいうまでもないがら原告のこの点の主張は失当である。

(三)  以上のとおり本件裁決には原告主張のような違法事由は存しないからこれが違法であることを前提としてその取消を求める原告の本訴請求は理由がない。

三  結論

以上のとおり原告の被告税務署長に対する請求は一部理由があるからその限度でこれを認容し、その余は失当として棄却し、被告国税局長に対する請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 日野達蔵 松井賢徳 仙波厚)

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